房総釣り師の釣行記 船釣り タイトル

釣り釣り徒然記 その27「何と言っていいのか…」



釣り徒然 テレビを見ていてこんなCMをやっていました。某スーパーの宣伝ですが、魚売り場で主婦たちが「子供が魚を食べなくて…」と困っていたら、その後ろから別の主婦が言います。「それは骨があるからよ」。そんなCMです。

これを見てアリャリャと溜息交じりに「何考えてんだよ…」って嘆きたくなるのは、私だけでしょうか。「その10」にも書きましたが、また「骨なし魚」です。魚から骨を取ってしまうのは食べやすくする調理で、これは魚を「捌く時」に当然やる事ですが、その骨はアラ煮や骨せんべいなどで楽しみます。というより、この骨の周りが肉と同じで「美味しい所」なのです。最初から骨のない魚というのは、私に言わせれば「肝を取ってしまったカワハギ」のようなものです。なんとももったいない。煮魚にしても焼き魚にしても、この骨から旨味が染み出すのです。

このように魚を不味くするプロジェクトとやらを水産庁の音頭で官民一体で進めている訳ですよ。世界に冠たる、日本の魚食文化はどうなってるんでしょうか。子供たちの舌はどのように育っていくのでしょうか…。

もう一つオヤジの嘆きがあります。実はこちらの方が深刻だと思います。骨があるから食べにくい、だから骨をあらかじめ取っておく。と言う事は、子供の口が骨の痛さを知る機会が無いと言う事です。人の口は咀嚼している時に小骨などの異物を選り分けられるほど器用な舌を持っています。痛さを知るからこそ、それに対処する力が付く。その器用さは子供のころからの経験で培われるものだと思います。その機会を失っていると言う事は、口や舌が不器用に育ってしまうと言う事です。

これは考えすぎかもしれませんが、人は言葉でお互いのコミュニケーションを取ります。よく弁舌などと言いますけど、口が立つことが必ずしも良いわけではありませんが、食べるだけでなく、コニュミケーションの道具、器官である口が不器用に育ってしまうと言う事は、どのような結果につながるのでしょうか。心配しすぎ…?

私は学者ではありませんが、口蓋の動きが脳に与える影響は日常的に感じます。単純な所では「眠くなったらガムを噛む」とか、「喋っている間に、アイディアが湧く」とか。便利さがどんどん人を弱らせている、というのはステレオタイプなのかもしれませんが、経口、つまり口は外部のものを体内に入れる場所でもあります。ここがもし弱くなるとしたら、鍛えられないとしたら、人間の身体自体が弱くなってしまうのではないでしょうか。

あくまでも仮説に過ぎませんが、旨味をあまり知らずして育ち、生きるための道具でもある口を鍛えずして育つ子供が、「敏感」で「強く」なるとは考えられません。

私、学者ではないと言いましたが、一応、教育学部出身です。教師ではありませんが、教育に関しての知識はお粗末ながら持っているつもりです(大したことありませんけど…)。「骨なし魚」と関係ないかもしれませんが、自分の時代と比べて子供や若い連中のスタイルはかなり良くなったと思います。しかし、顎と骨と髪の毛が、我々の世代に比べてちょっと弱くなっているような…。個人が生きるとは、まず「喰らう」事であり、個人が生きるための社会とは、口というコミュニケーション器官で成り立っていると思います。その個人が生物的に弱くなったとしたら、畢竟、その社会も…。

お母さん!魚は骨があるから美味しいのです。お父さん! 大波小波に揺られながら、美味しい魚を釣ってきましょう。小骨なんか一緒に食べてしまえば大丈夫。「食べやすい魚」より「美味しい魚」を知れば、子供は喜んで食べると思いますが…。大きなお世話…?

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