房総釣り師の釣行記 船釣り タイトル

釣り釣り徒然記 その9「釣り師を名乗る気恥ずかしさと、楽しさ」



釣り徒然 このサイトのタイトルで「房総釣り師」を名乗っております。「師」の意味ですが、手元の新明解国語辞典によりますと、「中国の古制で2500人の軍隊、先生」とかあり、常用国語辞典には「いくさ、師団、先生、教師、技術者」とあります。どれも大そうな意味です。私、釣りはやりますが戦争はイヤだし、教師でも技術者(仕事では多少それ的なところはありますが)でもありません。ではなぜ「釣り師」か。漁師は「技術者=プロ」と考えれば、これは納得。しかし、私はプロの釣り師ではありません。

しかし、では釣り師以外の表現として何があるのか?釣り人、アングラー、釣り好き、太公望…?どれもしっくりときません。一般には釣り人でしょう。しかし、何かそのマンマでキャラクター性がありません。てな事で、釣り師をタイトルとしました。実はけっこう気恥ずかしいのですが、腕は別にして、子供のころから釣りになじんできたと言う「釣りに対する思い入れ」はあります。おそらく、余程のことがない限り、一生、釣りは私の大切な趣味であり遊びでしょう。故に、プロではありませんが、楽しみながらその「技術」を経験則から得ていく、という勝手な解釈で釣り師なる言葉を使っています。ホントに気恥ずかしいのですが…。

で、インターネットの世界にも「釣り師」なるものがいるようで、これはどうもネガティブな存在らしい。「嘘の質問とかをして回答者を騙すような事をして楽しんでる」人の事だそうで「やたら質問をしっ放して放置している輩」の事でもあるそうですね。それがなぜ「釣り師」になるのか分かりませんが、インターネットには「フィッシング」なる詐欺もある訳で、どうも「釣り」が良い意味になっていませんね。現実の世界でも「釣り」は、「○○を釣る」とか、あまり良いとは言えない使われ方をしています。

だからこそあえて「釣り師」なのです。誰にも迷惑をかけることなく、自然(海)を相手に遊び、至上の楽しさを味わう。これが私の「釣り師」のイメージです。何か、「孤高」のような感じがして、いいですね(自己満足)。もちろん呼び名など本当はどうでもいいのですが、「師」に込めたいメッセージは「マナーを守り、海に敬意を払い、楽しませてもらえることに感謝する」です。これまた気恥ずかしいのですが…。

実際、釣り場でのマナーの悪さ、傍若無人な振る舞い、グループのやかましさ、危険に対しての鈍感さ等々、特に一人釣行をしていると慣れてしまうほどよく目にします。かといって、文句を言ったり説教をしたいとも思いません(少しはありますが…)。良くないと思う事には沈黙すべきでないと思うのですが、遊びですからそんなに気張ることも無し、です。唯一、確実にできるのは「自分はそういう事はしない」ということですかね。

確かパンセの一節に「人が自分の部屋で、自分だけの楽しみを持てないのが諸悪の根源」なる言葉があったと記憶しています。表現は違うかもしれませんが。共感できる言葉です。私にとって「釣り」は本当に自分を楽しませてくれるありがたい趣味です。他人がどうのこうのは関係ありません。自己完結型楽しみ。

少々堅い話になってしまいましたが、これからも房総の海で楽しむ釣り師であり続けたいと思います。

釣り釣り徒然記 目次へ




【商品検索】Powered by Amazon

↑「すべて表示」をクリックするとAmazon.co.jpの検索結果一覧に移動します。

「釣り」テーマ以外の運営サイト
趣味&雑学&ハウツー自己サイトPR
「ボート釣りを楽しむ」サイト
ボート釣り リンク
「釣った魚を美味しく食べる」サイト
「簡単魚料理」 リンク


■サイトポリシー ■プロフィール
■お問い合わせ
ページトップへ戻る

Design by Megapx / Template by s-hoshino.com
Copyright(C) Nasamuk All Rights Reserved.